坂の上の雲
坂の上の雲に関する関連サイト、関連ブログ、関連動画をご紹介します。
関連Q&A
- 坂の上の雲坂の上の雲のDVDとBlu-rayと二種類が販売されていますが、画質にどれ...坂の上の雲坂の上の雲のDVDとBlu-rayと二種類が販売されていますが、画質にどれぐらいの差がありますか?画質がだいぶ違う様ならBlu-rayが欲しいんですが、違う作品などでたいして差が無いことがあるので迷ってます。NHK ドラマ 日本 Amazon
- 現在販売されているなら、DVDとBlu-rayにはそんなに差はないと思います(素人が録画したものは別ですが)
- 旧大日本帝国陸軍の軍服についてです。映画二百三高地では黒い軍服でしたが、大河ドラマ坂の上の雲ではカーキ色?の軍服でした。同じ乃木第三軍の旅順要塞攻撃のシーンですが、全く別物の制服でした。司令官乃木希典の軍服は同じようでした。なぜ違うのでしょうか、またとちらが正しいのでしょうか?よろしくお願いします。
- Jijiski63さんの回答に誤りまずカーキ色の軍服は明治37年勅令第29号「戦時又ハ事変ノ際二於ケル陸軍服制二関スル件」で定められた夏服として採用されました。それまでの夏服は海軍と同じ白色でドラマ坂の上の雲でも日清戦争頃の秋山好古や川上操六等が着ているシーンがありました。ですが日露開戦時の変更だったため全軍に行き渡るまで日なりの期日を要し、例えば師団で最後に動員された第七師団は未だ黒の軍服のまま旅順に到着し既にカーキ色の軍服がある他の師団と見分けがつきやすかったそうです。ここで誤りだと言うのは1確かに当初は間に合わなかったカーキ色の軍服も戦争が進むにつれて前線には行き届き遼陽会戦や第一次旅順総攻撃時点ではこれが主流になっていた。濃紺が主流だったというのは誤り。当時の写真にも殆どの兵士はカーキ色の軍服を羽織っている。2将校も同じくカーキ色の軍服に変更している。有名な奉天会戦前に大山、山縣、児玉、黒木、奥、乃木、野津、川村ら司令官クラスが一同に会した際の写真でも乃木以外は全員、上着はカーキ色の軍服です但し上級将校にはある程度の裁量が認められていたらしく乃木は戦時中は黒の肋筋入りの服に白の乗馬ズボンで通してますし、写真では他の将軍も山縣や川村は違うズボンをはいています将校は対象外というのは誤りですさて質問の回答ですが映画の方が考証不足です旅順第一次総攻撃の時点で第三軍にはカーキ色の新制服は到着しており写真も残っています又冬になっても冬の黒服では目立つのでその上に夏のカーキ色の服を羽織る兵も多くいました(写真紹介)http://www.sakanouenokumo.com/phot/3gun/3gun5.jpg攻城砲兵司令部員。(右2人目から豊島陽蔵、奈良武次、佐藤鋼次郎)豊島は将官だがカーキ色の軍服を着用している。http://www.jacar.go.jp/nichiro2/sensoushi/ph_large/rikujou09_detail_ph01.jpg奉天会戦前に第四軍を視察する大山以下総司令部と説明する第四軍司令部右端で説明しているのは上原勇作第四軍参謀長(冬服)。右から四人目が大山巌総司令(夏服)春が近いためか夏服の将校と冬服の将校が混在している以下の写真は遼陽や旅順の前線将兵、将官の写真です。殆どがカーキ色の軍服を着ています。http://www.sakanouenokumo.com/kikaku/ryojunkoryaku/tekitaiji.jpg旅順の雙台溝南方高地で露軍と対峙する第三軍兵士http://www.sakanouenokumo.com/ryouyou_p1.jpg遼陽で戦闘中の近衛歩兵第三連隊第六中隊http://www.sakanouenokumo.com/ryouyou_p2.jpg同じく遼陽南東の高地から砲撃を行う第一軍独立野戦砲兵http://www.sakanouenokumo.com/saka_p2.jpg同じく遼陽で匍匐(ほふく)前進で進む歩兵第45連隊の兵士http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/cc/Japanese_General_Kuroki_and_his_Chief_of_Staff_Shigeta_Fujii.jpg遼陽会戦で前線を視察する第一軍司令部。左端の髭面の将官が黒木軍司令官http://www.sakanouenokumo.com/gaho/dai2gun_ogai.jpg第二軍司令部及び隷下師団長の集合写真。前列右から二人目が秋山好古(騎兵第一旅団長)。そこから左へ小川又次(第四師団長)、大島義昌(第三師団長)、奥保鞏、梨本宮、大久保春野(第六師団長)、落合豊三郎(第二軍参謀長)、飯田俊助(歩兵第十一連隊長、後に第一師団長)、一番左端の人物が当時第二軍の軍医部長を務めていた森鴎外(林太郎)時期は不明なんですが遼陽会戦で重傷を負って後送される小川中将が写っているので遼陽会戦前と推察される。あと上記した奉天会戦前の司令官一同の集合写真ですhttp://www.sakanouenokumo.jp/data/images/nichiro001.jpg左から黒木、野津、山縣、大山、奥、乃木、児玉、川村です。(カラー処理)乃木以外は上着は皆カーキ色ですねまた川村はズボンは黒の冬服、山縣は黒に赤のラインが入ったズボンといういでたちです
- 秋山真之は大本教の信者だったんですか?動画とブログに書かれていました。NHKの「坂の上の雲」でモッくんが演じている日本海開戦での勝利の立役者の一人である秋山真之参謀も大本に入信している。YOUTUBEhttp://www.youtube.com/watch?v=h5xJVMVpAZ0&feature=relmfuブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/taimasa1/16055.html
- 秋山中将は日露戦争後、精神を病んで心の平安を求め宗教に傾倒されています。ドラマでも日清戦争後にそうした史実を示唆しる場面が登場しています。中将が大本教に入信されたのは史実です。
- 坂の上の雲で、西田敏行演じる高橋是清が生徒に教えている、英国紳士についての教科書の題名をわかるかたいますか?
- history of great britainだと思います確か、「イギリス紳士は博愛精神に富み、弱きを助け、強きを挫く」という英訳文が記されています。
- 秋山真之は大本教の信者だったんですか?動画とブログに書かれていました。NHKの「坂の上の雲」でモッくんが演じている日本海開戦での勝利の立役者の一人である秋山真之参謀も大本に入信している。YOUTUBEhttp://www.youtube.com/watch?v=h5xJVMVpAZ0&feature=relmfuブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/taimasa1/16055.html
- そうです。晩年は神道系や仏教系の宗教に凝り、行き着いた先がこの大本教でした。が、周囲にいた信心者の語り残すところによれば、秋山は熱心に教義を研究するものの、最後は神や仏よりも自分のほうが偉く思えてならないといった風で、信仰は往々にして長続きしなかったということです。言うなれば「自分教」「秋山教」とでもいう信仰に固まり亡くなったとでも言うのが適当なのかもしれません。
- NHKでやっていたドラマ『坂の上の雲』は面白いですか?原作者の司馬遼太郎さんの作品をいくつか読み、坂の上の雲も人気上位だと知り、幕末に活躍した人物(伊藤博文や井上馨など)も少し出てくるみたいなので興味がわきました。ただ大砲とか銃器を使いまわる近代の戦争ものはちょっと苦手です。もちろん戦闘シーンばかりではないと思いますが、明治の歴史に関してほとんど無知の者にも楽しめるでしょうか?放送してるのをちょこっと観たことはあります。映像が綺麗で音楽担当がファンの久石譲さんだったのでなおさら気になっています。明治の歴史オンチの私にもわかりやすく、どんな登場人物がいるかや全体的なストーリーを簡潔に教えていただけると助かります。お願いいたします。
- ドラマ坂の上の雲は傑作です。終わった後の脱力感が苦痛なほどはまりました、原作も読み応えがあって楽しいです。NHKもよく実写化できたと感心しました。あらすじとしては、倒幕後、明治政府にとって脅威となるのは西欧列強であり海軍創設と陸軍増強は不可避の課題であった。双方に多大な貢献を為した秋山好古・真之の兄弟の人生と国際情勢を見事に同調させ当時の快活な機運を鮮やかに描き上げています。また現代の俳句にも通じる新たな礎を築いた正岡子規も秋山兄弟と同郷の縁のみならず切磋琢磨し合う間柄の友として欠くことのできない重要人物として登場します。ほとんどこの3人の若者を中心に展開してゆきます。原作に忠実というかそのままなのでちょっと読んでみれば雰囲気は掴めるはずです。
- 日本史の質問です。伊藤博史ってどんな人なんですか?坂の上の雲をみている限りでは、結構リベラルな感じがしたんですが、その後韓国総督府?の初代統監だし、超然主義も唱えていましたよね?この時代、様々なことに影響されたと思うし、誰しも功罪はあると思うのですが、なんだかいまいち伊藤博文の人物像がはっきりしません。どなたか教えて下さい。
- wikipで解説してるが日本の初代首相で、また日本国憲法の起草の中心人物です。此の憲法はその後先の大戦で負け、GHQによる介入で新しい憲法成立となった。それが今日賛否の議論にになっている憲法第9条含みで、現行憲法見直し改正派、続行派となっている。また彼を評して、俗に「金に汚いのは大隈(重信)で、女に汚いのは伊藤」といわれた。実際に女好きだったそうで、特に芸者好きは有名。現実主義である伊藤は、日本の台湾統治に莫大な投資金が使われ(インフラ整備など近代化に)、日本の国家予算に影響を与えたので、従って韓国併合に反対であった(また統治政策で国家予算を割くデメリットを考慮して)、幕末頃に馬関戦争(長州藩と英国などとの戦い)で列強の強さを経験した伊藤は、ロシアとの開戦に強く反対した。逆に開戦推進派から伊藤公の恐露病と揶揄された。権力の地位を利用して私服を肥やすような人物じゃ無かった伊藤は、糟糠(そうこう)の妻に10万円(現在で1億円相当)の財産を残すの遺言であったが、実際に彼が没した後は、残ってたのは家屋敷と刀だけで清貧の政治家だった。
- 日露戦争時の次のエピソードが書かれている資料は?1.乃木第3軍の攻城砲兵司令部の佐藤鋼次郎中佐が憂さ晴らしに、「軍はけちだよ 天爵呉れぬ 呉れにゃ要塞は落ちはせぬ」と第3軍司令部の大庭二郎中佐に電報を送ったために、乃木将軍がそれをみて、佐藤中佐を呼び出し、大庭中佐との酒の席(食事?)で、ザ~トらしく、その酒を渡した。2.203高地攻略中に旅順にやってきた児玉源太郎がいわゆる穴居会談で乃木と二人きりで話した後、出てきたところを従軍記者たちに囲まれて「何を話していたんですか?」と聞かれ「乃木の屁は臭いんだよ。吾輩の昨晩の苦戦は203高地に勝るものがあったね」と煙に巻いた。この2つのエピソードはどんな資料に出ているのでしょうか?「坂の上の雲」のような創作物ではなく、回想録や日記・手紙といった資料に残っているのでしょうか?
- 【日露戦史・第一巻から第十巻】を、ご覧に成っては如何でしょうか?http://www.sakanouenokumo.com/378nitirosensi.htm
- ドラマや映画に登場する銃について。去年の『坂の上の雲』やその他の戦争映画、また、大河ドラマなどでも登場する各種の銃についてなのですが、どうやってあれほど大量の銃を用意しているのでしょうか?制作に合わせ、発火のモデルガンを大量に製造しているのでしょうか?また、撮影が終わり、用が済んだ銃は保管され、他の作品に使い回されるのでしょうか。
- プロップガン(映画の撮影に使用される小道具としての銃)を専門にレンタルしている会社があるそうですよ。例→http://sfx-pyrotech.com/
- 日露戦争において、日本陸軍に「副司令」「副団長」っていないんですか?TVで「坂の上の雲」を見てから、ずっと疑問に思っていたのですが、日本陸軍の編成を見てみると、司令官や師団長の次に各組織の参謀長がいますよね。でも参謀は指揮権を持っていないと思うので、指揮系統でNo2にあたる「副司令」や「副団長」がいると思っていたのですが、調べてみたらそのような肩書きは無かったようです。この場合、各組織の指揮官の次に指揮権を持つのは誰になっていたのでしょうか?ご存知の方教えてください。
- 参謀(参謀長〔大佐〕を含む)は指揮権は有していません。あくまでも指揮権者(長)の補佐です。師団長(中将)が指揮が不能の場合は、基本的に先任歩兵旅団長(少将)が受け継ぎます。そして、参謀はこれを補佐します。但し、上級司令部(軍)が参謀長に臨時指揮権を与えれば、参謀長が指揮権者になります。もちろん、これは臨時的処置で、後任者を任命するのが基本です。
